「十三勢行功歌」を読む
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『中国太極拳事典』(参考文献1)によれば、「十三勢行功歌」を以下の如く記している(抜粋)。
著名な太極拳論。一股に王宗岳の作といわれるが、異なった見方もあり、一説に王氏以前に作られたとある。全文は 七言歌訣の形式をとり、太極拳練習の要領を詳しく述べており、拳勢の重点をはっきり指摘して、広範に語り伝えている。意と気、攻守、修練、健身について記している。
「十三勢行工歌訣」(十三勢行功歌とも云う)は小論ではあるが、読みにくいと感じる部分もある。読み下し文を記して、理解の一助としたい。
- 「十三勢行工歌訣」全文:底本は参考文献3(郝和本)(行番号は筆者付加)
十三総勢莫軽識。 命意源頭在腰隙。(1)
変転虚実須留意。 気遍身躯不稍痴。(2)
静中触動動猶静。 因敵変化是神奇。(3)
勢勢存心揆用意。 得来不覚費工夫。(4)
刻刻留心在腰間。 腹内鬆静気騰然。(5)
尾閭正中神貫頂。 満身軽利頂頭懸。(6)
仔細留心向推求。 屈伸開合聴自由。(7)
入門引路須口授。 工用無息法自休。(8)
若言体用何為準。 意気君来骨肉臣。(9)
詳推用意終何在。 益寿延年不老春。(10)
歌兮歌兮百四十。 字字真切義無疑。(11)
若不向此推求去。 枉費工夫遺歎惜。(12)
注)他バージョンとの字句の相違
(1)識:視
(2)意:神
(2)稍:少
(2)痴:滞
(3)是:示
(4)工夫:功夫
(5)鬆静:松浄、鬆浄
(6)正中:中正
(8)工用:功夫
(8)無:无
(8)休:修
(10)詳:想
(11)無:无
(12)工夫:功夫
(12)遺:貽
(12)歎:嘆
(12)惜:息
- 読み下し文
十三総勢莫軽識 命意源頭在腰隙(1)
十三総ての勢を軽く識る(視る)莫れ。命意の源頭は腰隙に在り。
変転虚実須留意 気遍身躯不稍痴(2)
虚実の変転に須らく留意すべし。気は身躯に遍し稍しも痴れず(滞らず)。
静中触動動猶静 因敵変化是神奇(3)
静中動に触れ、動猶お静のごとし。敵に因る変化は是れ神奇なり。
勢勢存心揆用意 得来不覚費工夫(4)
勢勢に心存りて意を用いて揆れば、工夫を費やすことを覚えず来るを得。
刻刻留心在腰間 腹内鬆静気騰然(5)
刻刻に心を留めるは腰間に在り、腹内は鬆静にして気は騰然たり。
尾閭正中神貫頂 満身軽利頂頭懸(6)
尾閭は正中にして神は頂を貫き、満身は軽利にして頂く頭は懸かる。
仔細留心向推求 屈伸開合聴自由(7)
仔細を心に留め推求に向かい、屈伸開合は自由に聴く。
入門引路須口授 工用無息法自休(8)
入門の引路は須らく口で授くべし、工用は息み無く法は自ら休む。
若言体用何為準 意気君来骨肉臣(9)
若し体用は何を準と為すかを言うならば、意気は君が来りて骨肉は臣なり。
詳推用意終何在 益寿延年不老春(10)
意を用いて詳しく推せば終りに何の在るか、益寿延年にして春老いず。
歌兮歌兮百四十 字字真切義無疑(11)
歌えや歌えや百四十、字字は真切にして義は疑い無し。
若不向此推求去 枉費工夫遺歎惜(12)
若し此の推求に去くに向かわずんば、枉に工夫を費やし歎惜を遺さん。
- 語句
勢:技。
識:知り分ける。つまびらかにする。(1)
命意:意が命じる。
源頭:源。
腰隙:肋骨の下から胯の上の間の部位。
虚実:以下に参考文献1より引用転載する。
太極拳の重要な理論観。虚と実は相対立する一対の矛盾である。虚の基本的な意味は意念や勁力がなにもないことを指し、実の基本的な意味は意念や勁力で動かす主導部分が具体的な要素の中に存在することで、それらは虚実の適切な意味を示す。太極拳中の虚実観の基本的を要点は、l)虚実を明らかにするには、体の重心を包括し、蓄勁発勁などの構造と過程をすべてはっきりした虚実にするべきである。2)虚実の転化は活発にさせ、虚実はいつも絶え間ない転化の中にある。例えば重心の左右交替、気息の内外交換、身法の進退など、その程度を越えたときにすべて潤滑、自然、活発に転化されるべきである。3)虚中に実あり、実中に虚あり。太極拳に含まれる相反する単純な虚実は、容易に被動をゆるし(相手に動きをコントロールされ)、同時に体が緊張しやすい。4)虚実は完全が求められる。虚は漂うだけ、実は硬くなるだけである。虚実の構造も合理的な相応性が求められる。
遍:すべてに広く行き渡るさま。すみずみまで。漏れなく。
身躯:身体。
痴:郝和本抄本は旧字の癡=何かにつかえて知恵の働かないこと。痴れる。滞るに代えるバージョンあり。(2)
神奇:不思議なこと。
工夫:修養鍛錬などに心を用いること。武術技能。
腰間:腰の辺り。
鬆:緩い、緩んでいる。
騰る。
尾閭:尾骨の異名。
正中:特定の考え・立場に偏ることなく正しいこと(さま)。易の中で「正中(中正とほぼ同じ)」は格別な言葉である。「中」であり且つ「正」である事は、最善の状況とされる。「中」は中庸の位置であり、易の六爻で言えば、第二爻と第五爻を指す。「正」とは、正しい場所に、正しい性質の物が存在する事を云う。例えば、陽の位置に陽の物が配されていれば、その状態を「正」と云う。
神:こころ。こころのはたらき。
頂:頭頂。
懸:上方に掲げられる。ぶらさがっている。
推求:追求、研究する。
開合:伸展と収縮。
聴:とりさばく。うけいれる。
引路:道案内。
口授:師から弟子に口頭で,直接に教え授けること。こうじゅ。くじゅ。
工用:技術と用法。
法:てだて。しかた。手段。方法。
休:定めるの意(休、定也:休は定めるなり)。(8)
体用:形式と用法。根本(体)と体の表に現れるもの、技量と実践の技巧。
来:勤めるの意(来、勤也:来は勤めるなり)。(9)
詳:大ざっぱでなく,細かいところまで観察や注意がよく行き届いている。
益寿延年:長生きをする。
切:正しい。
真切:明快確実。
義:道理。
去:行く。---しに行く。
枉:いたずらに。むだに。
遺:あとにのこす。
図1. 十三勢行功歌の郝和本抄本−1(参考文献3から転載)。
図2. 十三勢行功歌の郝和本抄本−2(参考文献3から転載)。
参考文献
1. 余功保、『中国太極拳事典』、ベースボール・マガジン社、2013年。
2. 唐豪・顧留馨、『太極拳研究』、人民体育出版社、1999年(初版1964年)。
3. 李亦畲、『王宗岳太極拳論』、北京科学技術出版社、2016年。
4. 楊進・橋逸郎、『健康太極拳稽古要諦』、ベースボール・マガジン社、2011年
易経・太極拳に関係する著者のweb:
太極拳釈名と易
易経の先天図八卦の並びと陰陽魚太極図
王宗岳「太極拳論」を読む
王宗岳「太極拳論」等の異種バージョンの誤謬の顛末
武禹襄「太極拳解」を読む
武禹襄「十三勢説略」を読む
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2023年
著者:加藤湖山
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