易経:暴君:天山遯
御来訪有難うございます。 2022年3月26日
トップ「湖山のきょう底」へ戻る
21世紀になって昔ながらの大規模侵攻(戦争)が起こりました。易経の中に為政者を扱う卦があります。「地火明夷」と「天山遯」は、暴君の世を描いています。筆者は電子本の中にその卦についての解説を載せていますので、ここに引用掲載致します。
第4章 天山遯:竹林の七賢人
天山遯は易経中の三十三番目の卦です。
その概要は、君子が山中に
隠遯する様を表わします。「
遯」とは逃げて避けるという事です。
なぜ君子は逃げるのか。それは邪悪の小人勢力が世の中を浸蝕し始める時期にあたり、その勢いを止めることが出来ない情勢となっているからです。そうした場合には、止めようとしても止まらない勢力と戦い始めるのではなく、山中に逃れて難を避けようというのです。
易の卦の中に、陰陽が消長する消長卦として分類されるものが十二あって、一年の各月に当てはめられていますので、ここに紹介します。
消長十二卦:
坤為地 ䷁ 十月
地雷復 ䷗ 十一月
地沢臨 ䷒ 十二月
地天泰 ䷊ 一月
雷天大壮 ䷡ 二月
沢天夬 ䷪ 三月
乾為天 ䷀ 四月
天風姤 ䷫ 五月
天山遯 ䷠ 六月
天地否 ䷋ 七月
風地観 ䷓ 八月
山地剥 ䷖ 九月
消長の見方をする時には、陽は君子で善い人、陰は小人で悪い人とみます。純陽の乾為天䷀(四月)から見てみましょう。世の中が全て善に見えるようでも、そこに悪の小人が芽生えて来るものです。易は下から上へ進みますので、その萌芽は天風姤䷫(五月)となり、初爻が陰爻になります。ひとたび悪が生まれますと、悪貨は良貨を駆逐すると言われるごとく、その勢力は漸次拡大しますから、次には二爻も陰にかわり、天山遯䷠(六月)となります。陰の勢力の拡大は、陽が駆逐される事を意味しています。天山遯では、陰の勢力が勢いを増していますから、先が見える君子にとっては、次に九三(陽の三爻)が駆逐されるのは火を見るより明らかな事でしょう。それ故に遯なのです。更に陰の勢力拡大は続き、山地剥䷖(九月)では、残る陽の勢力は上爻のわずか一つになってしまい、この陽爻が
剥ぎ尽くされるのは時間の問題ですから、剥と名付けられています。
とうとう純陰の坤為地䷁(十月)になりますが、坤為地は天地の始まりの一卦ですから、邪悪な小人が全ての世という卦意にはならない所が面白いとも言えましょう。
暗い世界に陽が初めて見えたのが地雷復䷗(十一月)です。復とは、山地剥で
剥ぎ落とされた一陽が、
復り来たるという意味です。この後は、陽の勢力が増大して陰の勢力が駆逐される動きが、出発点の乾為天まで続き、そこで一年として循環する事になります。
前置きが長くなりましたが、このようにしてみると、天山遯の世にある君子が世の中をどのように見るかが明瞭になったのではないでしょうか。世の中に邪悪な小人が
跋扈しており、その勢いは拡大するばかりで、全く先に明るさが見えないのです。実際、地雷復となるのは大分先の話ですから、前途は暗闇ばかりに見えるのでしょう。
それでは天山遯がどのような卦であるか紹介しましょう。
天山遯は、上卦乾を天とし、下卦艮を山とする。天の下に山あり。山は止まり動かず、天の気は上り進んで止まらず。これは天の遯れ避ける意がある。
陰は小人の道、陽は君子の道。小人の道長じ、君子の道は消え、小人浸み長じ、君子は遯れ退く。
下卦の艮は山、上卦の乾を君子とすれば、君子が山中に隠遯する象。
こんな具合で、とにかく逃げる卦ですね。こうした世の中に生まれてしまった君子はどうしたらよいのか。象伝にはこう記されています。
象曰。天下有山遯。君子以遠小人。不悪而厳。
象に曰く、天の下に山有るは遯なり。君子以て小人を遠ざけ、悪まずして厳にす。
【大意】
上卦乾を天とし、下卦艮を山とする。天の下に山ありとは、山は止まり動かず、天の気は上り進んで止まらない。これは天の遯れ避ける意あり。天はあくまで高く、下の山は天の高きに遠く及ばない。両者の間には厳とした隔たりがある。この卦象に則り、君子は、浸み長じる小人を懲らしめようとするのではなく、小人を遠ざけるのがよい。小人を憎んで遠ざけるのではなく、厳しく自分を守ればよい。そうすれば小人はおのずと遠ざかり、危害を受ける惧れもない。
これがそうした場合の対処の仕方です。「厳」とは自分を守ることを厳しくするという意味です。そうすれば、小人は自ずと離れ去って行くものです。
この対処法の根底には、闇は明けるものであり、必ず日はまた昇るという易の根本的な循環の考え方が有ります。小人が
浸みて長じる世にあって、抵抗する君子は排除されて君子の道までも亡びる危険がありましょう。君子が隠遁すれば、君子の姿は世の中から見えなくなるが、君子の道は亡びない。時が至りて復の世になれば君子の道が開けることになる。
興味ある爻については他書に譲り、ここでは竹林の七賢人の阮籍の詩を紹介します。
詠懐詩 阮籍(二一〇〜二六三)
夜中不能寐
起坐彈鳴琴
薄帷鑒名月
清風吹我襟
孤鴻號外野
朔鳥鳴北林
徘徊將何見
憂思獨傷心
夜中寐ぬる能わず
起き坐して鳴琴を彈ず
薄き帷に名月の鑑り
清風は我が襟を吹く
孤鴻は外野に号び
朔の鳥は北の林に鳴く
徘徊して将た何をか見る
憂思して独り心を傷ましむ
薄帷:薄いカーテン
孤鴻:一羽のおおとり
朔鳥:北のわたりどり:翔鳥もあり
翔:高く飛び回る
別読み:
夜の中ばなるまで寐ぬる能わず
起き坐して鳴琴を彈く
薄き帷に名月鑑り
清き風は我が襟を吹く
孤鴻は外なる野に号び
朔鳥は北の林に鳴
徘徊して将た何をか見る
憂思して独り心を傷る
別読み:
夜中寐ぬる能わず
起坐して鳴琴を彈ず
薄帷に名月鑑り
清風は我が衿を吹く
孤鴻外野に號き
朔鳥北林に鳴く
徘徊して将た何をか見る
憂思独り心を傷ましむ
隠遁しても悠々自適というわけにはいきませんね。小人が権勢を振るい、無辜の民は塗炭の苦しみに喘ぐ。そんな世が多いですね。
参考文献
加藤湖山、『易経逍遥』、Apple Books Store、2020年。
本稿に関するご意見質問等はメイルしてくだされば有難く存じます。
2022年
著者:加藤湖山
e-mail: kozan27ho@gmail.com
Copyright (C) 2022- K. Kato, All rights reserved.