易経:暴君:地火明夷
御来訪有難うございます。 2022年3月26日
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21世紀になって昔ながらの大規模侵攻(戦争)が起こりました。易経の中に為政者を扱う卦があります。「地火明夷」と「天山遯」は、暴君の世を描いています。筆者は電子本の中にその卦についての解説を載せていますので、ここに引用掲載致します。
第3章 地火明夷:逃げるが勝ちか
逃げる卦を紹介しましょう。地火明夷と天山遯は、両方共に難から逃げる卦ですが、その中身が大いに異なるので興味深いのです。本章では地火明夷、次の章で天山遯を取り上げます。
地火明夷は易経中の三十六番目の卦です。
下卦は離明で太陽とし、上卦の坤は地として、下卦の
明(太陽)が上卦の地中に入り暗くなることを示します。「
明夷」とは「明
夷る」であり、「明るさが破れる」、即ち「
闇」となります。
この闇は、一国の暗愚な王君が招いたものとされます。国に仕える君子はこうした闇の時代にどうしたら良いのか。逃げても無駄である。国中が王の支配下にあるのだから、逃げ切れるわけがない。残された対処法は一つ。自分が発する知と徳の光を覆い隠し、和して同ぜずの心で
貞しきを守り、来たるべき夜明けを待つしかない。蛮勇を以て即座に反撃しても身を滅ぼすのみ。明夷の闇はいつまでも続く訳ではなく、日はまた昇るという希望がある卦ですから、苦しみつつ辛抱が肝心です。
易経の中では、各々の卦は「本文(卦辞・彖伝・象伝)」と付随する六つの「
爻についての説明」から構成されていますので、各項目別に以下に紹介しましょう。
ここで取り上げるのは、本文、第一爻、第三爻、第六爻です。爻が進むに連れて、明夷の世の中は次第に希望に向かって変化します。一つの卦の中において、本文は要旨であり、おまじないのようなものです。六つの爻の記述内容は、時とともに変転する様子がみてとれます。爻の番号が大きくなると時が進むことになります。社会的な階層を示していることもあります。
- 本文(卦辞)
明夷。利艱貞。
明夷は艱貞に利し。
明るさが失われても、いつかは明るくなり、再び正常に戻るのであるから、悩みながらも正しい道をとって居れば、正しいものが正しいとされる時代がくる。
艱貞:悩みの多い中でも、貞しいの道を固く守り続ける意。
但し、闇が深いとされる次の第一爻の場合には、まずは危害が身に及ばないように処することが必要とも言っています。
- 第一爻(初爻)
初九。明夷。于飛垂其翼。君子于行。三日不食。有攸往。主人有言。
初九は明夷る。于き飛んで其の翼を垂る。君子于き行く。三日食らわず。往く攸有れば、主人言あり。
【大意】
初九は陽剛居初。明夷の時にあたり、卦初で闇の首魁の上六から遠いので、闇は深いが加害者からは遠い。故に大難にあたり艱貞するのではなく、難を避けて人目につかないようにひっそり鳥が飛び行くように遯れる。君子は食禄を受けずに去り行きて難を逃れる。その速やかな退避の意味に戸惑う主人は疑言を発して非難するだろう。
◯語句
于飛:飛び行きて難を逃れる。下卦離を鳥とする。
于行:去り行きて難を逃れる。
垂其翼:難を避けて人目につかないようにひっそり飛ぶ。他説は、傷ついているので飛びにくい。
三日不食:食禄を受けない。他説では、困窮の極、あるいは、急にして三日間も食べる暇がない。
有言:文句を言い非難する。
初爻の明夷の闇は深いので、とにかく逃げなければいけません。それ故、鳥が飛立つようにして難を避けるのです。道が行われない世に仕える必要はないのです。但し逃げる場合にも、用心深く、翼の音高くではなく、翼が低く垂れるように静かに潜行しなければいけません。
象曰。君子于行。義不食也。
象に曰く、君子于き行くとは、義・食らわざるなり。
【大意】
「君子于行」とは、暗黒の世にあっては、義として仕えて禄を食むべきでないのである。
義:道義上。
暗黒の世にあって、君子は去り行きて難を逃れます。その理由は、加害から逃げる事はもちろんですが、暗黒の世、即ち無道の世、道が行われていない世にあって、仕えて俸給を得る事は義として恥ずべき事であるというのです。邦道無きに富み且つ貴きは恥なりと。
- 第三爻
九三。明夷于南狩。得其大首。不可疾貞。
九三は明夷れ、南に于て狩し、其の大首を得たり。疾く貞しくす可からず。
【大意】
九三は陽剛居正。明夷の時にあたり、九三は下卦離の極に在るので、明徳を用いず烈火の威武を以て、闇の首魁である上六に立ち向かう。離を南として、上六を禽獣になぞらえて、南において狩をする事に喩えて、その魁首を打ち取る事ができる。しかし、悪を正すといえども急ぎ速やかに行なわんとしてはいけない。下が上を討つので、正しい事をするにしても、充分な熟慮を重ねて、已むに已まれぬという時がくるまで急ぐべからず。
象曰。南狩之志。乃大得也。
象に曰く、南狩の志は乃ち大いに得るなり。
【大意】
暗闇の因をなす首魁を打つという南狩之志は、天下の志として大いに達成される。
◯語句
南狩:下卦離を南とし、戈兵として、三爻変地雷復の雷震を進撃とする。
大首:巨魁。上六をいう。六爻は首にあたる。尊位の五爻ではなく上爻を巨魁に設定しているので、下がこれを討つ場合に、主君を討つことにはならない。
不可疾貞:下が上を討つので、正しい事をするにしても、已むに已まれぬという時がくるまで急ぐべからず。そのようにすれば天下の志となる。
大得也:大成功をなす。
ここではたちあがる機運が出ています。故に、南に出かけて狩をして、「闇」の首魁に戦いを挑み、討ち取ります。
- 第六爻(上爻)
上六。不明晦。初登于天。後入于地。
上六は明らかならずして晦し。初め天に登り、後に地に入る。
【大意】
上六は陰柔居極で暗黒の首魁。徳に明らかでなく暗愚であり、賢者を忌み憎み晦まし害せんとする。初めは天に登るかの勢いを誇るが、後には勢い尽きて地に入るが如くに誅罰される。
象曰。初登于天。照四国也。後入于地。失則也。
象に曰く、初め天に登るとは四国を照らすなり。後に地に入るとは則を失えばなり。
【大意】
「初登于天」とは、初めは高位に在りて四方の国々に照臨するのである。
「後入于地」とは、人君の道を失ったので、身を滅ぼすのである。
第六爻は「闇」の原因となる首魁を表します。蒙昧暗愚の君ですが、初めは天に登り、四海に君臨しても、後には陽が西に没するごとく力を失い、身を滅ぼすのです。それは人君としての常道を失うからです。
ところで、第六爻は天子の位では有りません。天子、あるいは君の位は第五爻とされています。従って、第三爻における「南狩」は天に対する反乱ではないように設定されているところに、深みがあるようです。
易の基本の考えの一つが「日はまた昇る」です。蒙昧暗愚の君に媚び
諂い仕えて姦計虚言を為す小人達は、暗愚の君が「
其の
大首を得たり」で滅びる時に運命を共にして消滅するのでしょう。
「明かならずして
晦し。初めは天に登り、後には地に
入る」とは、蒙昧暗愚の君の末路ですね。
参考文献
加藤湖山、『易経逍遥』、Apple Books Store、2020年。
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2022年
著者:加藤湖山
e-mail: kozan27ho@gmail.com
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