『謎解き 若き漱石の秘恋』

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 本書では、漱石の小説中に秘かに組み込まれた十個に及ぶ謎掛けを解いてゆく。すなわち、漱石自身の証言により、学生時代の初恋、闇に葬られた明治二十七年の「おどろくべき事」と破談、明治四十一年の『三四郎』執筆に至るまでの漱石の秘められた恋について解明してゆく。

 明治四十一年までの漱石の人生の航跡と、彼の文芸作品・書簡・日記等との比較検討を行った結果、巷では迷路に陥った観がある若き漱石の恋人問題について、数多くのヒントが見いだされた。漱石は、恋人にまつわる数字などを作品の中に謎掛けとして折り込み、明治二十四年の再会から明治二十七年までの「男女相思」の期間、「男を捨てた」明治二十八年を数字として秘かに記述していたのである。本書はその経緯を詳細に記録し、検討過程で得られた決定的な証拠をもとに、漱石の隠された恋人を明らかにし、恋人との心理的葛藤の末の明治四十一年の漱石自身の劇的な変化までを解明する。

 若い頃に辛い恋愛体験を経た漱石は、若い女性に対して非常に厳しい見解を持つに至った。その態度は明治四十年発表の『虞美人草』の頃まで続くが、明治四十一年に至ってかつての恋人に大きな変化が起こり、それをまぢかに感じた漱石自身の気持ちは劇的に変化する。その核心は、直後に急ぎ発表された『夢十夜 第一夜』の中の「百年はもう来てゐたんだな」という悟りに近い感慨に象徴される。漱石の心の中で、かつての恋人が復活したのである。その後の漱石が、かつての恋人との関係を物語のテーマの中心に据え、且つ、温かな筆致で物語を展開することはご存知の通りである。

 本書は、アーカイブス出版より二〇〇八年に発行された『謎解き若き漱石の悲恋』の電子版である。二〇一三年に電子版として出版された『漱石の百年の恋』は、本書を基礎にして、入念すぎる部分の構成簡略化・『猫伝』中の解読の加筆・新たに『坑夫』中の告白の解読などを施したものです。